がん告知を受けて家族会議
良性の腫瘍だと思っていたしこりが、実はガンだったと告知を受けてから何度か家族会議を開催。
先生からの宿題について話し合い、夫、両親とともに乳腺クリニックへ通院し報告しました。
①このクリニックは手術・入院設備がないので専門の大きい病院を紹介する。
ただし、このクリニックでは【開放型共同診療】を行っているので、それも選択できる。
⇒乳房温存手術後に25日間放射線治療のために毎日通院が必要であること、今まで3回ではありますが、先生とのコミュニケーションが取れていることから、【開放型共同診療】で、クリニックの先生に手術を執刀してもらうことに決めました。ということ病院は必然的にクリニックと提携している、某N病院になりました。
②おすすめの病院を5つほど提案するので、どこにするか決めて欲しい。
⇒①の通り、【開放型共同診療】を選択したため、某N病院。
③病院が決まったら、CTとMRIを受けて詳しく検査して欲しい。
⇒クリニックの先生より紹介状を書いてい貰い、某N病院へ行くことになりました。
すぐに紹介状を作成してもらい、詳しい検査を受けることに。
詳しい治療のためN病院へ
某N病院にて、造影剤を使用してCTとMRI検査を受けました。その日のうちにデータ化してもらったメディアをもって夫・両親とともにクリニックへ。
するよ…また更に予期せぬことが…( ゚Д゚)
術式の変更を告げられる
当初の見立てでは、腫瘍は約2.7cmで特殊癌に分類される粘液癌。乳房温存手術をして、放射線治療とホルモン療法でした。
ところが、MRIの画像を確認すると、単純な楕円形ではなかったのです。
早速、先生が画像をチェック。すると・・・
「画像を見ると、楕円形のようなしこりの上に小さな腫瘍がくっついていますね。この形だと、想定していたよりも大きく切除する必要があるんです。そのまま乳房温存術を行うと、乳房が明らかに変形してしまうため、乳房切除術(乳房全摘)が最も適していると思われます。」
…またしても 衝撃的な診断。
「乳房がなくなってしまうことに抵抗があるのであれば、乳房全摘から約6ヶ月後に乳房再建を行う方法があります。
乳房全摘から6ヶ月後にぺったんこになったおっぱいにシリコンを挿入するため、まずはエキスパンダーという風船のようなものを挿入、数週間毎に整理食塩水を入れて少しづつ皮膚を伸ばします。
健康な乳房よりも少し大きめに膨らんだ頃に、挿入されている風船(エキスパンダー)とシリコンを入れ替える手術をすることで、乳房が再建できます。ただ乳頭は切除されてないので、人口の乳頭をつける方もいます」
と先生は淡々と話を進めていました。
乳がんと告知されて、まったく受け入れられなかったが、とりあえずこのおっぱいの形は少しは変わるかもしれないけれどおっぱいは残るんだ。
だから…仕方なない…乳がんになってしまったのだから。と、無理やり自分を納得させていたにもかかわらず、乳房全摘!?
さすがにこれは受け入れられませんでした。
涙が溢れ、涙が溢れ、涙が溢れました。
先生のお話に納得できず、とりあえず少し考えることに。
そこから私は術式を決めるために、自分なりに調べてみることにしました。
ところが、インターネットで乳房全摘をした写真を見ては衝撃を受け涙しました。夫の意見と私の意見がが分かれるなど、つらい毎日が続きました。
夫は、おっぱいなんてなくてもいい。それよりもガンが体からなくなることを優先して、全摘するのがいいよと。
でも私はどうしてもおっぱいがなくなることを受け入れられませんでした。
海やプールで泳ぐ訳でもない、温泉に行く訳でもない。だけど、だけど、おっぱいがなくなることがどうしても嫌だったんです。
夫と意見が分かれてしまい、私は同じ女性である母に相談しました。
我慢していた涙が溢れ、どうしてもおっぱいを残したいことを号泣しながら訴えました。母はそんな私を抱きしめてくれました。
言いたいこと言っていいんだよ。泣いていいんだよと。
この出来事は今から約5年前のこと。それなのに当時を思い出しブログを書いている今も、涙が溢れています…
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